読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ほんとはずっと

第1章
 
 思わず目を逸らした。
 いつもの悪い癖だ。

 思いも寄らず視線が合うと
 反射的にしてしまう。

 きみの表情からは、
 僕がそこにいることへの驚きと、
 「元気?」と訊ねているのが、
 一瞬のうちに読み取れた。

 予想外のきみの反応に、
 僕もまた驚き戸惑い、
 結婚式が終わるまで、
 きみのいる方に顔を向けることが
 できなかった。
 いつもの悪い癖だ。
 

第2章
 
 ようやくきみと話すことができたのは、
 きみも僕も駅へと向かう帰り道でだった。

 その日既に2組の結婚式に参列し、
 次のアポイント場所へと向かうべく、
 30度に達する陽気の中、
 スーツ姿で駅へと急いだ。

 途中にある歩道橋で、
 先に式場を出ていたきみに追いつく。

 その少しやつれたように見える後ろ姿に
 懐かしい名前を呼んでみた。

 振り向くきみ。

 音信不通だった一年の月日が嘘のように、
 再会はあっけなく始まった。
 
 
第3章
  
「あの時ね、いろんなことが限界だったの」
 言葉とは裏腹に、きみの表情は
 穏やかで、安らぎに満ちていた。

「それは…、絵を描くことでも癒せなかった?」

「ううん。
 それでずいぶん良くはなったの。
 いい出逢いにも恵まれてね」

「そう、それはよかった」

「あなたこそ、大丈夫だった?
 『助けてほしい』って最後のあれ、
 わたし、返事できなかったけど」

「ああ、あれなら、もういいの。
 もうどうしようもないから」

「そうなの?
 それって…私のことが関係している?」

「相変わらず、加害妄想強いね(笑)
 関係ないから安心して。
 まあ、それについて話すと長くなるから」

「話せる範囲で簡潔に話してみて。
 どうかしたの?」

「そうだな…。実はね、」
 
 言葉数をそれほど重ねなくても、
 お互いの心の奥にあるものを
 短時間で引き出し、慮れる。
 
 きみの存在がどれほど大切だったのか。
 ふたりで改札を抜ける頃には、
 充分過ぎるほどに思い出していた。
 
 
第4章
 
「こんなこと言っていいのか分からないけど」
 躊躇いながら、打ち明ける。

「きみへの恋愛感情はとうの昔に無くなっていたんだ」

「よかった」

「よかった?」

「だってさ、厄介じゃん」

「ほんと失礼だよな(笑)」

 ふたりで
 笑いながら、電車に乗る。
 厄介というのがどういう意味かは
 きみのその顔を見れば分かる。

「僕としては罪悪感持ってしまったけどね。
 勝手に好きになって、勝手に冷めてしまうなんてさ…」

「そろそろ自分を責めること止めたら?
 …でも、それ止めたらあなたじゃなくなるか」

 これほど、僕のことを察することができる人が
 他にいるだろうか。
 返すのにうまい言葉はすぐに見つかりそうもないが、
 別れの時間はすぐ目前に迫っていた。
 
 
第5章
 
「ずっとね、
 すっと謝りたかったんだ。
 …ごめんね」

「私も。
 …ごめんなさい」

「…」

「じゃ、ここで降りるから。
 じゃあね」

「じゃ、がんばってね」

「あなたは、がんばらないでね」
 
 ひとりで
 電車を降りるきみ。
 降りたホームのすぐ目の前に改札があった。
 計算してその車両に乗ったらしい。

 颯爽と改札を抜けていくきみ。
 電車のドアが閉まる。

 きみは振り返り、小さく手を振る。
 電車が発車する。
 くるりと家路へと向き直すきみ。
 
 「元気でね!またね!」
 きっと、あの時きみも心で呟いていたよね?

 連絡先も交換しなかったけど、
 またいつか逢えると確信しているのは、
 僕だけじゃないよね? 

 がんばらないよう、がんばるね。
 あれ?それじゃだめかな?

 ね、教えてよ。
 
 
 
 
  ――― この掌篇を愛するcoffeeに捧ぐ


※2007/06/03 22:41初出