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忘れたくても忘れられない

過去の日記

2005/3/9

 初めて見た時、彼女は沢山の兄弟と共に母親とじゃれあっていました。彼女の名前はきなこ。生後3ヶ月の仔犬です。「仔犬さしあげます」をきっかけに出会った彼女を、内緒でマンションで飼うことにしたのです。
朝晩のお散歩では、すぐにだっこをねだる甘えん坊ぶりで、耳が少し垂れていて、うるんだ瞳の彼女は、すぐに街中の人気をさらっていきました。
そんな彼女にも欠点がありました。お留守番が苦手ということです。飼い主に似てよほどひとりが寂しいらしく(笑)、暴れまくって柵の中を恐ろしいくらい荒らしてしまいます。帰宅後は、まず彼女の住む柵の中の掃除から始める毎日でした。


仔犬の成長の早さは驚くほどです。2週間後には柵を飛び越え、1ヶ月後には、柵の上に張ったネットを食いちぎって脱出。2ヵ月後には出勤前に柵の周囲を囲っておいたタンスや戸棚を押しのけて、家中を荒らしまくりました。


そして遂に僕は我慢の限界に達しました。それは12月のある夜のことです。帰宅すると、いつものようにきなこは玄関に入った僕にむかって一直線に駆け寄り尻尾をマッハの速度で振って「寂しかったよぉ」と訴えてきます。顔をペロペロ舐め回すきなこを抱きかかえながら部屋に入った瞬間、唖然としました。よりによって彼女は、僕が大切にしているものばかりを選んで、噛み付いていたのです。
変わり果てた高価なコレクションを見た次の瞬間、僕はきなこをショルダーバックに入れて外へ連れ出しました。そして、彼女が入ったバックを力一杯アスファルトの地面に叩きつけました。2回。3回。彼女は悲鳴を上げ、初めて僕を噛み、逃げ出していきました。
「これでいいんだ。内緒でマンションで犬を飼うなんて所詮無理だったんだよ」そう自分に言い聞かせました。見た目はかわいいから、きっと誰かが拾ってくれるだろう、と思っていました。


数日後。玄関のチャイムが鳴り、出てみると、隣に住む女性が「あの犬、お宅のですよね?」と言って、後ろを指さしました。そこには、飢えと寒さに震えたきなこがいました。この冬の寒い中、どこをどう歩き、飢えをしのいでいたのだろうか?僕は心が痛みました。
翌日、元の飼い主に電話して、事情を話し、返すことにしました。母親といられるし、留守番もしなくて済むし、これできなこも本当に幸せになれるだろう、と安心しました。


遂に、お別れの日がやってきました。久しぶりに会う最初の飼い主に、きなこはすぐ飛びついて喜ぶだろうと思っていました。ところが、引き取りに来た最初の飼い主の車に全く乗ろうとしませんでした。やっとの思いで彼女を乗せ、車は去っていきました。後部窓から見えるきなこは、僕から全く目を離さずに、駆け寄ろうと必死にもがいていました。


その時、僕は初めて気がつきました。今やきなこにとって、飼い主は、他の誰でもない、自分なのだと。こんなにひどい飼い主だった僕をきなこは本当に愛してくれたんだ。そうだったんだね!気がつくと、僕はきなこの名前を何度も叫びながら、車の後を追いかけていました。次第に車もきなこも小さくなり、見えなくなってしまいました。声を上げてずっと泣きました。涙が溢れて止まりませんでした。それは数年前のクリスマスの日のことでした。


それ以来、きなこには一度も会っていません。しかし、ずっと忘れられずにいました。

思い出はそこにあり、思い出そうとすれば、何度も取り出せるのだが、もうそれに囚われているという感覚がなく、私はとても自由で身軽になっていた。『私がやった』と言い、事実を認めれば、その瞬間、何年にもわたってあなたを苦しめてきた状況に初めて正面から向き合ったことになる。すると、その状況を手放すことができ、あなたはその状況に苦しめられることは少なくなくなる。私は自分の想いを「手放し」(忘れたのではない)、それをついに「放棄」した。そして、自分の想いを「解き放ち、あるがままに進ませる」ことにした。
菊池木乃実「解き放ち、あるがままに進ませる〜ネイティブ・アメリカンの教え」

そろそろきなことの苦い思い出から卒業する時がきたのかもしれません。