言葉によってロマンスは生まれる

映画「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)」
・監督:リチャード・リンクレイター
・主演:アメリカの新聞記者、ジェシー(イーサン・ホーク)、フランスのソルボンヌ大の学生、セリーヌ(ジュリー・デルピー)
 
「私達、自分で問題を複雑にしてるわね」
出会ってからわずか数時間。会話を重ね、互いに心惹かれ合い、想いを募らせた二人の胸の高鳴りが爛熟した瞬間、セリーヌが口にしたこれこそが、この恋の美しさを象徴している。
 
旅先で出会った二人がそれぞれの元へ帰るまでのわずか14時間。偶然出会った若い男女が幾重にも会話し続け、夜通しウィーンの街を漫ろ歩き、翌朝別れる。映画らしい派手な出来事や目紛しい展開は一切無い。しかし、この14時間は二人にとって、そして映画を観た者にとって、永遠のものになりうる。それはきっと、思いを残したまま、綺麗な思い出だけで終わるのは耐え難い辛さであると悟らされるからであろう。
 
ロマンティックな設定にもかかわらず、ドキュメンタリーのようなリアリスティックを感じるのは、監督の実体験を元に作られた脚本である点と、主演の二人のナチュラルな演技による。
石畳の続く美しい街並みを夜通し散歩し、店に入り、夜明けには空を眺め、別れの朝に、チェンバロの演奏をしている家の前でチークダンスを踊る。
しかし、それらは添え物に過ぎない。あくまで主役は二人の遣り取りである。
 
言葉によって、ロマンスが生まれた。僕はそこに美しさを感じる。
 
出会いで意気投合したものの、湧き起こる疑念や不安ゆえにわざと刺刺しく振る舞い、ぎこちない。それでも互いに少しずつ自分をさらけ出し、思いの丈を直向きにぶつけ合う中で、急速に関係は進行していく。視線を感じながらも目を逸らす仕草が瑞瑞しい。育った環境も慣習も違うからこそ、信条や価値観を開示しあいながら、理解し合おうとする。そのように、持てるもの全てを見せ合うほど濃密な会話だったからこそ、いかに気が合い、心が自由になれる存在であるかを互いが悟り、離れ難くなっていく。本当の恋を見つけたときのあのときめきに至る過程が、繊細に描かれている。
 
恋愛の結末は観た人の想像に委ねられているが、続編「ビフォア・サンセット」は9年後にそのまま9年後の設定で同じキャストと監督で製作された。観ればきっと、まるで実の友人の恋の成り行きを見守っているかのような気持ちになれる。
  
互いの母国語が通じない異国の街での出会い。しかも相手は異国の異性。時間や距離や言葉など制約された条件や状況があるからこそ、燃え上がる。それが恋の魔法なのかもしれない。
 
どんなに離れていても、逢えないまま時間だけが過ぎていっても、恋は恋のままであり続けることは出来る。その想いがほんものであれば。恋することにこれほど希望を抱かせる映画を他に知らない。
 
僕は台詞を暗記するほど集中して観るので、同じ映画を二度以上観ることはほとんどない。でもこの映画は特別。何度観ても新しい発見がある。
 
誰かと価値観が合うか否かの試金石として、本作の感想を訊くのはお誂え向き。僕は、この映画に酔える人と、この映画の二人のように語り明かしたい。
 
※2007/07/13 05:03初出