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奇妙な必然

10/20。初出勤日。新天地の通勤電車で読みはじめた「人形愛」という小説。この本を本棚から選び取ったのはただなんとなくに過ぎなかった。
しかし、書き出しの5行程を読み、これは偶然ではないと確信した。

私は玉男を待っていた。玉男は十八歳である。

このT市に私が暫く滞在するようになったのは、奇妙な感覚に導かれてのことだった。娘時代に何度か近辺にきたことはあるが、T市は今が初めてなのである。H電車がN市に近づく頃から、…

T市?H電車?N市?それって・・・
読み進めていくと、イニシャルが他にも登場していた。

N市の辺りからR山脈の山塊がはじまっていて、・・・

目的もなしにH電車に乗ったのであるから、この白い光の驚きがK市への移行によって薄れるまでに、N市で降りてみてもいいと私は思った。N駅からはやはりH電車の別な線が出ていて、それを山の方向へ行けば終点はT市である。

「この土地ははじめてなのですが、どこか泊まれるようなホテルはないでしょうか」と、私は言った。
「ああ、それなら、Tホテルですわ。T市にいらっしゃれば」と、私は言った。

「この近くに植物園はありますか」と私は玉男に訊ねた。
「ええ、H電車のR駅で降りて、ケーブルに乗っていかれたら」と、玉男は言った。

これらでも充分な証拠となるが、決定的だったのは次の一文。

タクシーが川にそって走り出すと、ホテルの対岸にあるT少女歌劇団の建物が見えていた。


先刻書いたように、これを読んだのは通勤電車の中であるが、それがまさにH電車である。

作者、高橋たか子*1の出身は京都であるから、阪急京都線で十三まで乗り、阪急神戸本線の下り電車でN市のN駅つまり西宮市の西宮北口駅で阪急今津線に乗り換え、T市つまり、宝塚市に向かったのだろう。
そして、僕はその阪急今津線沿線の宝塚市に、昨日引越してきたばかりなのである。


R山脈とは日本三大夜景のひとつ、六甲山脈であろう。ためしに「宝塚 植物園」でググってみたら、六甲高山植物園へは阪急のR駅つまり六甲駅で降りて、六甲ケーブルに乗っていくとあった。
そして、宝塚ホテルの対岸には宝塚大劇場がある。


この観念小説の短編の舞台となった、由緒ある宝塚ホテルに今度行ってみたいと思う。
奇妙な感覚に導かれつつ・・・。


作品の序盤、主人公の女性に関わった二人の男性が自殺したのは、自分の運命が強すぎるため、男を愛すると、その彼を死の円に入れてしまう、という件がある。これを書いた2年前には、やはり関わった人を次々と自殺に導くというファム・ファタル*2的な長編、「誘惑者」*3を書いている。自身が抱えるキリスト教的原罪の自覚が、こうした作品で昇華されているのであろうか。あわせて読むとより一層、超現実的な世界へと誘われる。
ちなみに、作中に出てくるアルベルト・マルティーニの「愛」という絵画が、この作品を書く霊的啓示を与えたのではないかと感じたのだがどうだろうか。

*1:高橋和巳の奥様

*2:femme fatale。仏語で運命の女

*3:泉鏡花賞を受賞した