日本の近代詩の夜明けと訳詩傑作選

■ 日本の近代詩の歴史 (新体詩の誕生から現代詩以前の時代)

 日本に於いて、こんにちの「詩」という言葉は元来、漢詩を意味していた。1882年に官学者の外山正一、矢田部良吉、井上哲次郎が『新体詩抄』を啓蒙の一端として出版したものが、近代詩のはじまりである。こうして「新体詩」とよばれる新しい韻律の試みが盛行しはじめる。


 近代的な詩精神と感受性に於いて、小説史上での坪内逍遥の『小説神髄』『当世書生気質』に相当する最初の成果が1889年の北村透谷の『楚因之詩』及び同年の森鷗外ら新声社による訳詩集『於母影』である。しかし、近代小説の生誕を明確に告知した二葉亭四迷浮雲』に相当するような近代詩を完全に具現する作品の誕生までには、1897年の島崎藤村若菜集』を待たなければならなかった。七五調を中心とする新体詩形式の拘束とそれに対応する古風な詩語とによってのみ、はじめて自由に流露することのできる極めて日本独自な近代精神の詩的定着が行われる。


 さらに、薄田泣菫蒲原有明によって詩的彫琢が第二段階へと進められた。泣菫はイメージの組み合わせが豊富で、八六調の絶句体や古語雅言の駆使をはじめとする韻律の実験を種々試みた。有明は西欧の象徴主義を新意匠として技法的に移植し、感覚と想念との絡み合いの中に独自な世界観を形成した。この象徴詩については技法としてのみに留まり内面的な烈しさのない中では、三木露風『白き手の猟人』を除いては日本での成果はみられなかった。


 1906年頃から日本近代文学に萌芽した自然主義によって、新体詩は実生活遊離であるとする批判の対象となる。しかし、世はまさに大日本帝国主義が進められ、社会的重圧の中で私小説自然主義は長谷川天渓の「現実暴露の悲哀」という表現に代表されるように、主観による虚偽を否定し現実をありのままに認識することで、個の主体性が失われるという苦悩を産み出した。これに対し、主観的に打開しようとする人道主義的傾向、または唯美派や享楽主義への屈折、退廃(デカダンス)へと傾倒する動きも現れ、権力への抵抗と官能や感覚の耽美的追求の中に自我の生命感の充足を見出そうと強烈に固執する反自然主義的傾向の中に近代詩の発展はみられることになる。デカダンの詩では高村光太郎『道程』、金子光晴『鬼の児の唄』という傑作が生まれた。光太郎が軍国主義に乗じていったのに対し、社会主義に自己をつきつめていった石川啄木にも『呼子と口笛』が生まれる。


 その後、佐藤春夫新体詩とは全く違う手法で古語を駆使した抒情詩を書いた。1916年には室生犀星萩原朔太郎が中心となり雑誌『感情』が創刊さる。そこで発表された詩的内容の成熟により、口語体自由詩がようやくはじめて芸術的に優れた形式として実現された。
 

■日本の近代詩に影響を与えた訳詩集傑作選 〜『日本の詩歌28 訳詩集』1969年中央公論社


●『於母影』 新声社訳 

●『海潮音』 上田敏訳 *6

  • 燕の歌 ガブリエレ・ダンヌンチオ
  • 声曲 ガブリエレ・ダンヌンチオ
  • 真昼 ルコント・ドゥ・リイル *7
  • 床 ホセ・マリヤ・デ・エレディア
  • 信天翁(おきのたいふ) シャルル・ボドレエル
  • 人と海 シャルル・ボドレエル
  • 梟(ふくろふ) シャルル・ボドレエル
  • よくみるゆめ ポオル・ヴェルレエヌ
  • 落葉(らくえふ) ポオル・ヴェルレエヌ *8
  • わすれなぐさ ヰルヘルム・アレント *9
  • 山のあなた カアル・ブッセ *10
  • 秋 オイゲン・クロアサン
  • 水無月 テオドル・ストルム
  • 花のをとめ ハインリッヒ・ハイネ
  • 出現 ロバアト・ブラウニング
  • 春の朝 ロバアト・ブラウニング *11
  • 花くらべ ヰリアム・シェイクスピヤ
  • 小曲 ダンテ・ゲブリエル・ロセッティ
  • 春の貢(みつぎ) ダンテ・ゲブリエル・ロセッティ
  • 心も空に ダンテ・アリギエリ
  • 鷺の歌 エミイル・ヴェルハアレン
  • 水かひば エミイル・ヴェルハアレン
  • 黄昏 ジョルジュ・ロオデンバッハ
  • 伴奏 アルベエル・サマン
  • 嗟嘆(といき) ステファンヌ・マラルメ
  • 故国 テオドル・オオバネル
  • 海のあなたの テオドル・オオバネル

海潮音拾遺

  • きみがまなこは 印度古詩
  • 足は向けども 印度古詩
  • ゆく水の 印度古詩
  • 夕づつの清光を歌ひて サッフォ
  • 忘れたるにあらねども サッフォ
  • 春夜 アルフレッド・ドゥ・ミュッセ

●『珊瑚集(仏蘭西近代抒情詩選)』  永井荷風訳 *12

  • 死のよろこび シャアル・ボオドレエル
  • 秋の歌 シャアル・ボオドレエル *13
  • 腐肉 シャアル・ボオドレエル *14
  • そゞろあるき アルチュウル・ランボオ
  • ぴあの ポオル・ヴェルレエン
  • ましろの月 ポオル・ヴェルレエン
  • 道行 ポオル・ヴェルレエン
  • 暖き火のほとり ポオル・ヴェルレエン
  • 返らぬむかし ポオル・ヴェルレエン
  • 偶成 ポオル・ヴェルレエン
  • 沼 ピエエル・ゴオチエ
  • 秋のいたましき笛 アア・エフ・エロオル
  • 仏蘭西の小都会 アンリイ・ド・レニエエ
  • 夕ぐれ アンリイ・ド・レニエエ
  • 告白 アンリイ・ド・レニエエ *15
  • 年の行く夜 アンリイ・ド・レニエエ *16
  • 暮方の食事 シャアル・ゲラン
  • 道のはづれに シャアル・ゲラン
  • ありやなしや シャアル・ゲラン
  • ロマンチツクの夕 伯爵夫人マチュウ・ド・ノワイユ *17

●『沙羅の木』 森鷗外

  • 海の鐘 デエメル *18
  • 上からの声 デエメル
  • 静物 デエメル
  • 鎖 デエメル
  • 夏の盛 デエメル
  • 前口上 クラブンド
  • 己は来た クラブンド
  • 泉 クラブンド
  • 熱 クラブンド
  • 物語 クラブンド
  • 神のへど クラブンド
  • 川は静に流れ行く クラブンド
  • ガラスの大窓の内に クラブンド

●『白孔雀』 西條八十訳 1920

愛蘭詩抄

  • 彷徨へるいんがすの唄 ヰリヤム・バトラ・イェーツ *19
  • ええづは心の薔薇を語る ヰリヤム・バトラ・イェーツ
  • 時とともに智慧は来る ヰリヤム・バトラ・イェーツ
  • 酒の唄 ヰリヤム・バトラ・イェーツ *20
  • 池の面の四羽のあひる ヰリヤム・アリンガム
  • 謎 ダグラス・ハイド
  • 女人 ヂョオゼフ・カメル

英国新詩抄

  • 西班牙(いすぱにや)の海 ヂョン・メイスフィールド
  • 貿易風 ヂョン・メイスフィールド *21
  • 大都 ハロルド・モンロー
  • 舞姫 ラビンドラナアト・タアゴル

米国新詩抄

  • 談話 エイミ・ローエル

大鴉(おほがらす) 

  • 大鴉 エドガア・アラン・ポオ *22

●『牧羊神』 上田敏

  • 蟾蜍(ひきがえる) トリスタン・コルビエェル *23
  • 月光 ジュル・ラフォルグ *24
  • ピエロオの詞 ジュル・ラフォルグ
  • 冬が来る ジュル・ラフォルグ *25
  • 日曜 ジュル・ラフォルグ
  • 愁のむろ モリス・マアテルリンク *26
  • 両替橋 ポオル・フォオル *27
  • このをとめ ポオル・フォオル
  • 別離 ポオル・フォオル
  • 夏の夜 ポオル・フォオル
  • 髪 レミ・ドゥ・グルモン
  • 雪 レミ・ドゥ・グルモン

牧羊神拾遺

  • 五本の指 ルイ・ベルトラン *28
  • 白鳥 ステファンヌ・マラルメ
  • 薄紗の帳 ステファンヌ・マラルメ
  • 虱(しらみ)とるひと アルテュル・ランボオ

●『草の葉(ホヰットマン詩集)』 有島武郎

  • ブルックリン渡船場を過ぎりて ワルト・ホヰットマン *29
  • 私はルイジアナで一本の槲(かしは)の木の育つのを見た ワルト・ホヰットマン
  • 自己を歌ふ ワルト・ホヰットマン

●『月下の一群』 堀口大学

●『リルケ詩抄』 茅野蕭々訳

山内義雄訳詩集

●『新訳リルケ詩集』 片山敏彦訳

●『カロッサ詩集』 片山敏彦訳

  • 日の出の老樹 ハンス・カロッサ
  • 灰いろの時 ハンス・カロッサ
  • 古い泉 ハンス・カロッサ *41

●『海軟風』 堀口大学

寒くさびしき古庭に
二人の恋人通りけり。


眼(まなこ)おとろへ唇ゆるみ、
さゝやく話もとぎれとぎれ。


恋人去りし古庭に怪しや
昔をかたるものゝかげ。


―-お前は楽しい昔の事を覚えておいでか。
―-なぜ覚えてゐろと仰有(おっしゃ)るのです。


ポオル・ヴェルレエン「道行」 永井荷風

シャボン玉の中へは
庭は這入れません
まはりをくるくる廻つてゐます


ジャン・コクトー 「シャボン玉」 堀口大学

砂の上に僕等のやうに
抱き合つてるイニシアル、
このはかない紋章より先きに
僕等の恋がきえませう。


レーモン・ラディケ 「イニシアル」 堀口大学

恋はパリの色。


そこはかとうれしきほのほ
道のかみ手に生る、


底深き青空に
ささげられたる街燈の灯、
灰いろの霧にかこまれし
黄金(きん)いろの火とやいはまし、


いささかはうれしきほのほ。


恋はパリの色。


ジュール・ロマン 「恋はパリの色」 堀口大学

わたしの胸は墓のなかの空しい柩(ひつぎ)。
わたしのこころは鴉(からす)が集ふ怪しい棲家。
―-あなたの腕はいや美しい百合の花園。
あなたのこころは白鳩のやうな白さ。


わたしの夢は風が来て啜(すす)り泣く低いそら。
わたしの行末(ゆくすゑ)は広野のうへの荒れた小丘。
―-あなたの夢はいや美しい捧物(ささげもの)のやうに潔(きよ)く、
あなたの行末は朝の太陽のやうな笑(ゑ)ましさ。


ジャン・モレアス 「わたしの胸は」 山内義雄

関連記事

*1:小金井喜美子訳

*2:森鷗外

*3:井上通泰

*4:井上通泰(?)訳

*5:小金井喜美子or落合直文訳 

*6:「日本の新体詩はまだ発達して居ない。第一その詩形が定まらない。七五と言い五七と言うこれまでの体裁では、今の世の人の思想感情を細かに憾みなく歌うことは難い」と考えた上田敏は、7・5を4・3・3・2の単位に分け、それを様々に組み合わせて新しい韻律を作ったことが最大の功績であろう。また、古語、雅言を多用したことで作品の端的な理解を妨げているとの批判もあるものの、国文学の素養に深さゆえ、日本の詩語を比類なく豊かに用い、この清新の趣味を失わずして、しかも美しいこなれた日本語にするという困難な試みに、当時としては完璧な領域にまで成功させ、新しい道を拓いた功績はあまりにも偉大である。また、第二の功績は、本国フランスでさえ正当に評価されていなかったマラルメヴェルレーヌフランス象徴詩を独自の見識をもって採り上げ、はじめて日本に紹介したことからも、彼の鑑識眼の高さが窺える。

*7:リイルやエレディアの訳詩は白秋らに影響を与えた

*8:海潮音』の絶唱 「仏蘭西の詩はユウゴオに絵画の色を帯び、ルコント・ドゥ・リイルに彫塑の形を具え、ヴェルレエヌに至りて音楽の声を伝え、而して又更に陰影の匂なつかしきを捉えんとす」(上田敏)

*9:山のあなた」と共に日本近代詩に於ける抒情小曲を誘い出すもの。白秋は詩集「わすれなぐさ」の序文に全文を引いている。

*10:海潮音』で最も有名

*11:多く愛誦された

*12:「西詩の余香をわが文壇に移し伝えようと欲するよりも、寧ろこの事によって、私は自家の感情と文辞とを洗練せしむる助けになそうと思ったのである」(永井荷風)

*13:名作中の名作

*14:発表されるや否や評判となり、人々が朗誦した

*15:有名な詩

*16:間然するところのない名篇

*17:「『珊瑚集』の中でも特に優れた出来栄えで、その官能的な美しさは原詩を凌ぐものがある」(河盛好蔵) 二十世紀最大の女流詩人

*18:茂吉、鷗外の心を捉えた

*19:英米の現代詩に多大な影響を与えた

*20:多く訳されているが西條八十訳が群を抜く

*21:メイスフィールドで最も愛唱されている

*22:西條八十訳は「またあらじ」のリフレインが絶望的な苦しさを畳み掛けるように強め、周到に表している名訳。「大鴉」は「鈴」「アナベル・リー」と並ぶ代表作

*23:ユイスマンス「さかしま」でコルビエールの詩を激賞

*24:「ラフォルグ歌うところの月神は・・・冷たく青白く、『生』を拒否し、或いは『生』を喪失した『無』の象徴なのである。青春時代を暗いペシミズムの中に送ったラフォルグにとって、『月』はロマンティックな夢を醸し出すよすがではなく、忘れえぬ万物寂滅の姿、言わば一種の妄念であった」(伊吹武彦)

*25:ラフォルグ屈指の名作

*26:白秋「室内庭園」にこの詩の影響がみられる

*27:ポール・フォールほど新鮮な感興と、自然で絵画的なイメージと、音楽的で簡素な文体をもっている作家は存在しない。彼はフランスのバラードのホメロスであり、われらの世紀のラ・フォンテーヌである」(ストロウスキー)

*28:「遺稿の散文詩『夜のガスパール』は微妙なリズムをもち、ボードレールがこの書を読んで大いに啓発されたことは有名である。詩のあるものにはロマン派の一特色である怪奇趣味がみなぎり、ネルヴァルの詩と共に幻想的ジャンルの開拓に寄与している一方、他の多くの詩編には絵画的要素が濃く、ロマン派に続く高踏派が行った造形美追究に先駆するものと評価されている」(伊吹武彦)

*29:ホヰットマン代表作のひとつ

*30:アランが愛唱していた

*31:アポリネールの最も有名な詩

*32:「貝殻のように、すぐりの実の一房のように新鮮である」(コクトー)

*33:「避暑地の恋は消えやすい。それは朝咲いて夕にしぼむ、砂浜の日傘の類である。少年ラディケは、さかしくもそれを知っていた」(堀口大学) 

*34:「これはジャン・コクトーの『カンヌ』と題する詩の一小節だが、意味からいっても、イマージュからいっても、完全に、二重三重に反射し合って、建築術の所謂せりもちの方法で構成された短詩の賞嘆すべきレユシット(成功)だ」(堀口大学) 

*35:「彼ほど私に影響した文人は他にない」「グールモンの著作物は、巴里へ行ってみても、古本屋の店頭には極めて稀にしか見当たらない。理由は、読者が、そこから汲み取る知的快楽の質が如何にも珍貴なので、読後も身辺に保存し、永く心の糧にしようとするからだ。グールモンの著書は、対角線に読むことも、電車の中で読むことも不可能だ。それは静閑と集中力とを要求する。グールモンの一句一句は、おみくじだ。中を開いて見なければいけない。中には必ず何ものかしまってある」(堀口大学) 

*36:広く朗誦された。「ここに、象徴派の第二世代の中で最も変り種の人物、最も天真爛漫で、最も多彩で、最も豊饒な詩がある」(レミ・グールモン)、「ポール・フォールの『フランスのバラード』は典型的な作品としていつまでも残るであろう。それは様々のイメージと思想の広範なレパートリーを提供している。そこには独自の豊かさと、力強い生命力のあることを強調しなくてはならない」(アンリ・ド・レニエ)、「ポール・フォールほど光り輝く、純粋なフランスの詩人は他にいない。彼はやがて古典になるであろう」(ロマン・ロラン) 

*37:フォールの最も有名な詩

*38:「『夜のガスパール』の中で、やがて魔法の泉を作り出す極めて細かい雨の一滴が手に落ちるのを感じるためには、長い間手を差し伸べなくてはならぬ。しかしそんなことはちっとも構わない」(アンドレ・ブルトン)

*39:「わが文学史に、これほど隠密に音楽的な、そしてその個人的な力の根源がこれ以上密接にフランス語そのものに拠っている詩の例は多分ないであろう」(アンドレ・ジイド)

*40:「見事に書かれた作品の中でも、むさぼり読まれるものと、味わって読まれるものとがある。『東方所観』のような本は味わって読むべき本、ゆっくりと読むべき本である。かくも完璧な、かくも成熟した、かくも効果のあるわれらの国語が自らを示し、勝利を得ているあらゆる作品と同じく、クローデルの散文作品は簡略すぎる接触を拒否し、早急な考察を失望させる。・・・この本の中では、単語が句の中に、句は詩の中に、極めて正確に、また厳密に詰め込まれているために、その中からなにかを取り除けることが、また付け加えることができようとは一瞬間も読者は考えない」「彼は我々の中に予めあった空虚を充たしてくれる。そこには必要とする以上の言葉はひとつもない。それぞれの言葉はなにかを言う為に呼び出され、それぞれの言葉は何かを言おうとし、そしてそれを言っている」(ジョルジュ・デュアメル)

*41:カロッサの詩で最も有名

*42:有名なバラード。「魅惑的であると同時に胸を突く悲痛な詩」(ポール・フォール)

*43:「この詩人の作品は内容形式共に夥しい個性を持っていて、現代驚異のひとつだ。彼は平凡なありふれた物体から、破天荒なヴィジョンを引き出してくる。そのファンテジイの奔放自在なことはほとんど狂気の幻想に近い。彼の作品は如何なる前衛詩人にも劣らないほど進歩しているが、しかも決して不可解に陥ることをしない」(堀口大学)

*44:「彼ほど直接に感情に語りかける、また迅速に力強く共感と共鳴を呼び覚ます詩人を他に知らない。彼が愛について、苦悩について、死について語るときには、この詩人は、我々の内部にある情念の基本的なエネルギーに訴える。したがって彼の場合には、誰にもまして、註釈が余計でかつ馬鹿げているのみならず、それは冒涜でさえある」「最も美しい詩というのは、その形式と思想に於いて決定的に定着したものではなく、それを読む人の内部で無数の形を取り、無数の意味を帯びることを可能にするものである。詩の至高の目的は、それをきく人々をある種の度合に於いて詩人にすることにある。詩が、それをきく人の心と頭脳の中で別の詩になる度合が多ければ多いほど、その詩のもつ生命力と効果が証明されるのである」(マルセル・ブリオン)

*45:「その詩は、端的、新奇、正確、尖鋭、シュルレアリズムの意想を最もよくその作品に成就して、せっかちなそして消えやすい言葉の組み合わせ捉え難きを捉え、定着し難きを定着させる。勿論この近代詩の革新者の作品に旧来の詩法を適用したりしてその放埓に驚いてはいけない。彼の言葉には、速記の文字として、主題の自動的表情として、直接人の皮膚に呼びかける特異の力がある。意想と感覚、この二つのものに同時に芸術的法悦感を与えるのが、エリュアールの詩だ。この瑞々しい結晶体のような詩は、作者の人間らしい心臓の温かさを隠しているので、一層美しい」(堀口大学)