近代フランス象徴詩に影響を与えた詩人と日本でのフランス象徴詩の訳詩の現代訳について

12/31〜1/2の3日間WEBにログインせず、フランス象徴詩を読み返していた。*1といっても、以前時代を一新した仏蘭西近代詩の翻訳詩集3冊に書いた4冊(1905年上田敏「海潮音」、1913年永井荷風「珊瑚集」、1925年堀口大学「月下の一群」窪田般彌「フランス詩大系」)ではなく、井上究一郎*2の1999年小沢書店初版の「訳詩集 シテールへの旅」だ。id:sbiacoさんが「訳詩についての雑感」の中で「天性の詩人とはヴェルレーヌのような人のこと。(中略)上田敏流の盆栽か箱庭みたいな訳詩は、後天的な詩人に対してはやってもかまわないと思いますが、天性の詩人に対してやるのは労多くして得るところは少ない、というかはっきりいって冒涜に近いものがあります。」と書いていたが、それに同意しつつも、ヴェルレーヌの埋もれた名詩に触れる機会を与えられたことに感謝している。世界初(?)の「失われた時を求めて」個人完訳の後、井上究一郎は、本国フランスでの象徴詩研究の成果が日本でもその反映を敏感に屈折している現象の中、ただ一人ヴェルレーヌの場合だけは、逆に全く無視されたままであると、ヴェルレーヌの翻訳に夢中になっていた。病床の中、食道癌で亡くなる直前まで、赤インクの訂正を入れていたという。井上が実は三好達治に師事して試作を志していたという経歴は、ヴェルレーヌの詩と生の実相に迫ろうとする考証が精細を極め、結実させるのに活かされた。この遺稿では、ヴェルレーヌの他、ピエール・ド・ロンサール、デュ・ベレー、アンドレ・シェニエユゴー、ネルヴァル、テオフィル・ゴーチエ、ルコント・ド・リールボードレールマラルメランボー、と11人の抒情詩と散文詩から90篇あまりが選ばれている。
現在は、ちくま文庫で入手しやすくなっているので、絶版前に入手することをお勧めする。
フランス名詩集 井上究一郎 (翻訳)

フランス名詩集 (ちくま文庫)

フランス名詩集 (ちくま文庫)

生活は勝ち、理想は死んだ。
そしていまや、過ぎ行く風に歓喜の咆哮をあげながら、
勝利者の酔った馬は、われらの同輩(ともがら)を噛み砕く、
みんなは、それでも、おとなしく戦場に息絶えた。


敗走し、生き残ったわれらは、ああ!
脚は挫傷し、目はかすみ、頭は朦朧として、
血を流し、気力は萎え、泥にまみれ、面目を失い、疲れはて、
鬱積する嘆きを押し戻すこともできず、われらは進んで行く。


われらは進んで行く、やみくもに、夕闇のなかを、道もわからず、
殺人犯のように、汚名をかぶった破廉恥漢のように、
寡婦、孤児、宿なし、子なし、明日なしのように、
燃えさかる親しい森の明るみに向かって!


ああ! われらの運命は、もうどうしようもないから、
希望は断ち切られ、敗北は確実だから、
どんなに大きな努力を払っても空しいにちがいないから、
これでおしまいだから、われらの憎しみさえもおしまいだから、


夜のとばりが落ちようとするこの時刻に、われらに残されているのは、
弔いの笑うべき希望も一切棄て去って、
最後の戦闘の敗北者にふさわしく、
このまま静かに、音も立てずに、おのれを死に任せるよりほかはない。


ヴェルレーヌ「敗北者たち」

ちなみに、岩波文庫の「フランス名詩選」には原詩と訳詩が併載しているので便利。
フランス名詩選 安藤元雄、渋沢孝輔、入沢康夫(翻訳)

フランス名詩選 (岩波文庫)

フランス名詩選 (岩波文庫)


もう1冊読んだのは、ボードレールの手によるフランス語訳によって、これらのフランス象徴詩人に多大な影響を与えた、エドガー・アラン・ポーの詩集。日夏耿之介や八木敏雄、中桐雅夫、渡辺信二、加島祥造、阿部保、福永武彦入沢康夫、齊藤貴子らが訳している。

今は多くの多くの年を経た、
  海のほとりの或る王国に、
一人の少女が住んでいてその名を
  アナベル・リイと呼ばれていた。――
そしてこの少女、心の想いはただ私を愛し、
  愛されること、この私に。



彼女は子供だった、私は子供だった、
  海のほとりのこの王国で、
それでも私らは愛し合った、愛よりももっと大きな愛で――
  私と、そして私のアナベル・リイとは――
天に住む翼の生えた熾天使(してんし)たちも私らから
  偸(ぬす)みたくなるほどの愛をもって。



そしてこれがそのわけだった、遠いむかし、
  海のほとりのこの王国で、
雲間を吹きおろす一陣の風が夜の間に
  私のアナベル・リイを凍らせたのは。
そのために身分高い彼女の一族が駆けつけて
  彼女を私から連れ去った、
彼女を墓のなかに閉じこめるために、
  海のほとりのこの王国で。



天使らは天国で私らの半ばも幸福ではなく、
  彼女と私とをそねんでいた。――
そうだった! ――それがわけだった(誰も知るように、
  海のほとりのこの王国で)
雲間を吹きおろす一陣の風が凍らせて、
  私の美しいアナベル・リイを殺したのは。



しかし私らの愛ははるかにもっと強かった、
  私らより齢(よわい)を重ねた人たちの愛よりも――
  私らよりはるかに賢い人たちの愛よりも――
そしていと高い天国にいます天使らの一人とて、
  また海の底深く住む悪霊どもの一人とて、
決して私の魂を引き離すことはできはしない、
  かの美しいアナベル・リイの魂から。――



なぜならば月の光はかならず私にもたらしてくれる、
  かの美しいアナベル・リイの夢を。
そして満天の星ののぼる時、私はかならず見る、
  かの美しいアナベル・リイのきらめく眼を。
このように、夜もすがら、私は憩う、その傍らに、
わが愛する──わが愛する──わが命、わが花嫁の、
  海のほとりの彼女の墓に、
  鳴りひびく海のほとり、その墓に。


「アナベル・リイ」

*1:自分がオンラインにいなくてもはてブ界隈では取り沙汰されたらしく、12/31の人気エントリー2.5ヶ月も前に書いた記事がランクインしていて驚いた。今回はekkenさん/otsuneさん/kanoseさん/ fromdusktildawnさんとか昔から名前はよく知っているけれど普段はほとんどブクマする記事が重ならない人達からブクマされているのが面白い

*2:マルセル・プルースト「失われた時を求めて」ヴィクトル・ユゴーレ・ミゼラブル」、ジャン・ジャック・ルソー「告白」、ジャン・グルニエ「孤島」の名訳で知られる仏文学者