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辛さに耐えたその先に

tale

季節を人生に例えるなら、冬の凋落と枯渇の眺めは、やがて迎える死を喚起させる。
3月も終盤となった最近は、ようやく寒さも和らぎ、日が長くなってきた。札幌でも、道路の両脇に積み上げられていた雪の壁も融けた頃だろうか?寒い日は反射的に札幌に住んでいた頃を今でも思い返す。札幌では秋の日は正に釣瓶落とし*1で、過ぎ去る時間への惜別の情を強めさせた。やがて来る冬の間中、空はほぼ毎日暗い灰色の雪雲に覆われ、夕方4時ともなると辺り一面すっかり暗くなる。街灯が堆く積もった雪をオレンジ色に染める中を凍えながら、足早に歩く。歩くたびに、雪を踏みしめるギュッギュッという足音が冷え冷えとした心を一層悲しくさせた。北西の大陸から乾燥した冷たい大気を運んでくる季節風のあまりの冷たさに頬は痛む。来る日も来る日も降り積もる雪は、春の訪れがまだまだ遠いことを知らせる。頭の中で、短かった夏の太陽の眩さと暖かさの微かな記憶を浮かべることで寒さを堪えた。想像していた以上に、北国の冬は厳しく、長かった。なにより辛かったのは、日照時間の短さだった。陰鬱な空模様が続く毎日に、心は塞ぐばかりであった。最近、当時書いたものを整理して気付いたのだが、座右の銘としていたものはいずれも、冷酷な現実を苦にするのではなく、かえって堅固な志操で乗り越えることで、その労苦は実を結ぶであろうといった類が多く、いかになんとか自らを奮い立たせようと必死であったかを思い出せた。

  • 寒さにふるえた者ほど太陽を暖かく感じる。人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る。
  • 寒かった年の春には樹木はよく茂る。人は逆境に鍛えられて、はじめて生まれる
  • 高く飛び上がるには、低く屈めなくてはならない
  • 決して倒れないのが良いのではない。倒れたらすぐに起き上がるのが貴いのである。
  • 雨が降らなければ虹は出ない(No rain No rainbow=No pain No gain)
  • 夜明け前が最も暗い(The darkest hour is always just before the dawn.)
  • 止まない雨はない
  • 疾風に勁草を知る
  • 港にいる船は安全だが、それは船が本来造られた目的ではない
  • たとえ明日地球が滅びるとも、君は今日リンゴの木を植える
  • あなたが空しく生きた今日は、昨日死んでいった者が、あれほど生きたいと願った明日
  • 今日の一つは明日の二つに勝る
  • 結局のところ、最悪の不幸は決して起こらない。たいていの場合、不幸を予期するから悲惨な目に会うのだ。
  • 今この瞬間にあなたが無常の喜びを感じていないとしたら、理由は一つしかない。自分が持っていないもののことを考えているからだ。喜びを感じられるものは、全てあなたの手の中にあるというのに。
  • 人類は様々な災厄に見舞われながらも希望だけは失わず生きていくことになった(「パンドラの箱」)


更に高緯度のパリの冬の陰鬱さはいかばかりであろうか。気温に関しては北大西洋海流*2や偏西風*3が温暖な空気を運んでくる為、緯度の割に冬でも過ごし易い。
しかし、日照時間は北に行けば行くほど短くなる。冬のパリは日が短い。北緯45度に位置する日本最北端である宗谷岬よりも更に北、北緯48度に位置するパリでは四季の移ろいはなだらかではない。*4
つい昨日まで雲一つない夏の青空が永遠のように感じられていたのに、ある日、一転して霧が渦巻き、不意に秋が訪れる。街路樹のマロニエは黄ばみ、陽光が遠くへと去ってゆく。しめやかな情感に浸る間もなくあっけなく秋は過ぎ行き、程無く厳しく長い冬将軍が到来を告げることになる。

冒頭で冬を死に例えたが、一日の内で例えるならばそれは夜であろう。パリ生まれの詩人ボードレールによる「秋の歌」*5では、まもなく襲来する冬を日没や死と重ね合わせ、あえかな無常感や愁いを昇華させている。

シャルル・ボードレール 「秋の歌」(抜粋) 安藤元雄
 
 
まもなく私たちは沈むのだ 冷え冷えとした闇の底に。
お別れだ、まぶしい光よ、私たちの夏は短かすぎた!
早くも聞こえてくるではないか、陰惨な衝撃とともに
中庭の敷石にたきぎの落ちて鳴る音が。
 
冬のすべてが私の中に立ち戻る。怒り、
憎しみ、おののき、怖れ、逃げられぬつらい労働、
そして、極北の地獄に閉ざされた太陽に似て、
私の心も 赤く凍ったかたまりにすぎなくなろう。
 
落ちたるたきぎの一つ一つにふるえながら聞き入れば、
死刑台を建てるにもこれほど鈍いこだまはすまい。
私の精神は崩れ去る塔にそっくりだ。
城攻めの重い大槌をひっきりなしに打ち当てられて。
 
あの単調な衝撃に揺られていると、気のせいか、
どこかで慌しく棺桶に釘でも打っているようだ。
誰の棺? _−昨日は夏だった、いまは秋!
この不思議な物音は別離の合図のように鳴りわたる。

 
短い秋のすぐ背後には冬が、すなわち死が迫っている。しかし、死の予感に脅かされるからこそ、夏の輝かしさに惜別の情を持ちつつも、秋の夕暮れの柔らかく優しい夕陽の美しさに思いを馳せるのであろう。辛酸を嘗め、物思いに沈む日々にこそ、あえかな美しさがより一層心に染み入るものだ。今にして思えば、僕にとっても豊穣な感受性の閃きが養われたのは、花も実もない季節に蒔かれる麦のように、あのうら悲しい厳しい季節の内に於いてであった。

ようやく
寒さにも慣れた頃
思いのほか
日は長く
 
巡りゆく季節は
急ぎ足で
春の訪れの
匂いがした
 
ようやく
孤独にも慣れた頃
思いがけず
速やかに
 
めぐり逢いあなたと
恋に落ちて
春の暖かさ
分かち合った
 
思いがけず

 
春はすぐそこまで来ている。

 
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BGMにはこんなTouching Songを。
スネオヘアー「テノヒラ」耳を澄まして瞳を閉じて 本当の声を聞こう
試行錯誤を繰り返す日々 それも大きな一歩さ
日差しの向こう滲む世界を 見失わずに歩こう
今もはっきり覚えているよ 遠いあの日の言葉を
大声をあげてた僕達は 疑う事さえも知らなかった
湧き上がりすぐに薄らいでく 胸の奥に譲れない想い抱いて
照らし出した太陽の注いだ温もり この両手で抱きしめてあげるように
繋ぎ出した情熱を広めよう 明日へ繋いでゆく
限りなく羽ばたけ 未来へ
 
今少しずつ それも確かに 動き出してく毎日
ただがむしゃらに疑いもせず 信じるままに進もう
その中でふと振り返る時 真っ直ぐに続いている
足跡がほら自信に変わり 導いてくれるはずさ そうさ
追い求め続ける僕達に 心無い言葉が降りかかる
諦めかけていた月の夜 耳元をかすめる ほら
いつかの懐かしい風
理由なんてどうだって良かった 愛しいもの 言葉には出来ない瞬間
輝き始めた瞳が泣いたり笑ったりして これからを映し出した
重ねあった手のひら 光を放さずに確かめ合う
この温もり 繋いでく明日へ

*1:つるべ落としとは釣瓶(つるべ=井戸水を汲み上げる為の桶)が井戸に落ちていくように、秋は瞬く間に日が沈むことを表すたとえ。これは月初めと月末で比べると日の入り時刻の月間差が最も開くのが9月である為。北に行くほど月間差が激しくなる

*2:メキシコ湾から流れてくる強力な暖流

*3:亜熱帯高圧帯から標高の低い平原続きで遮られることなく吹いてくる

*4:参考までに各都市の緯度経度データ⇒ロンドンが北緯51度30分・西経0度10分、パリが北緯48度52分・東経2度20分、ニューヨークが北緯40度47分・西経73度58分、札幌が北緯43度4分・東経141度21分、東京が北緯35度40分・東経139度45分、大阪が北緯34度42分・東経135度30分。冬至(12/22)は太陽高度が低くなる為、一年で一番昼が短いが、日の出時刻は1/8頃が最も遅い。何故なら、暦や時刻は平均化された太陽の動きに基づいたものであり、実際の太陽の動きとは誤差があるから。完全な円運動ではない地球の軌道などのためにズレが生じる。また、冬至を境に日は長くなるのに、寒さが増すのは、大気がゆっくりと冷えていくため。日照時間が短い地域では冬季うつ病が発症する人がいる。日本の都道府県庁所在地の中で年間日照時間が最も短いのは秋田市で、秋田県の自殺率全国一位と関連があるといわれる

*5:ガブリエル・フォーレが作曲し歌曲にもなった代表作のひとつ。上田敏の名訳『秋の日の/ヴィオロンの/ためいきの』であまねく知れ渡るヴェルレーヌ「落葉」も原題は同じ「秋の歌」で、しばしば比較されて語られる